衛生管理の知識

適応障害

適応障害は「環境(ストレス)に適応できずに体調になる不良」と考えると分かりやすいです。職場環境、習い事、人間関係という明確なストレスがあり、うまく適応できないことで一時的に気持ちの落ち込み、不安などが生じる病気です。

「人事異動後に仕事に慣れずに気持ちが落ち込んで、思うように仕事がはかどらない。家では比較的元気にすごせている」、「お客さまから叱責され、そのことが不安で会社に行けなくなった」などが適応障害の一例です。
明確なストレスがあるということが特徴です。原因となるストレスから離れたり、ストレスが解消すると病状は速やかに回復します。

適応障害は比較的多い疾患です

適応障害の有病率について様々な研究がありますが、人口の約2〜8%と言われています。企業でメンタルヘルス関連の診断書を拝見していると、10〜20%の病名が適応障害です。私はメンタルクリニックの外来でたくさんの診断書を発行していますが、同様に10〜20%の割合で病名に適応障害と記載しています。
実際にはメンタルヘルスの外来に受診しない方や、産業医に相談せずに退社をする方が多いため、これらの数字より多く方が適応障害だった(である)と考えられます。

職場のメンタルヘルスで一番話題になる病名は「うつ病」ですが、実際には「うつ病」よりも「適応障害」が多く、うつ病とは原因や症状の経過などに大きな違いがあります。
参照:うつ病と適応障害の違い

適応障害の特徴

やや女性よりも男性に多いことが知られていますが、メンタルヘルスに長年携わってると男女差があるようには感じません。
職業、役職に関係無く、新卒の会社員、課長に昇進したばかりの管理職、商売が順調な自営業の経営者、主婦など、誰もが発症をする可能性があります。
うつ病と同様に、好発年齢が生産年齢と一致しているため、産業医の現場では一般的な疾患です。

適応障害の診断

以下の基準で適応障害と診断します。「明確なストレスの後に何らかの症状が出現。ストレスが無くなれば軽快」と考えて下さい。
産業医の現場では、このストレスは職場環境であることが多く、具体的には過重労働、ハラスメントを含む対人関係、昇進を含む人事異動が多いです。
職場環境が原因の場合、休職して体調が良くなったとしても、以前と環境が変らない職場に戻った場合には再発する確率が非常に高いです。このような状況で抗うつ薬や抗不安薬などの利用をしたり、認知行動療法などで治療を行っても治療効果は限定的です。
職場復帰にあたっては職場環境の調整を実施する必要があります。メンタルヘルスを専門とする産業医の意見を聞いた上で、本人の体調の評価、職場環境の調整を行って下さい。

適応障害の診断基準

  • はっきりとしたストレスが原因
  • ストレスを受けてから1~3ヶ月以内に発症
  • 憂うつな気持ち、不安といった症状が出現するが多様性がある
  • 原因が無くなった後、すみやかに症状が軽快する
  • 家では比較的元気な場合でも、会社に行けないなど、日常生活に支障を及ぼしている
  • うつ病やPTSD(死の恐れなどの極度のストレスが原因)など診断基準を満たさない
他のメンタルヘルスの病気を診断する際も同様ですが、メンタルヘルスの専門家は言葉だけで診断をすることはありません。表情、言動、生活の状況を評価した上で、病気かどうかを判断します。

適応障害とPTSDの原因の違い

適応障害もPTSDも、共に明確なストレスが原因で発症しますが、原因となるストレスが適応障害よりPTSDのほうが強いことが特徴です。

適応障害のストレス

生死に関係するような極度のストレスがあった場合は適応障害とは診断せず、PTSDと診断します。
職場の人事異動、上司からの叱責、友達との関係の悪化といった、主観的にとてもつらく、耐えがたいことが原因となります。
些細な個人的な出来事だけでなく、地震や洪水などの災害といったことまで様々です。
人によってストレスと感じることが、他人にはストレスとは感じられなかったり、個人のストレスに対する脆弱性も関係しています。

PTSDのストレス

生死に関係するような極度のストレスが原因となります。
戦場で戦友が無くなった、交通事故で本人以外の全員が危篤状態になった、勤務中に工場が火災にあったなどの生きるか死ぬかに関係するくらいの極めて強いストレスのみが該当します。

うつ状態(抑うつ状態)と適応障害の違い

「うつ状態」は「抑うつ状態」と同じ意味で、気持ちが落ちこんでいる状態、憂うつな状態を意味します。また、「うつ状態」と「うつ病」とは意味が違います。
参照:抑うつ状態 / うつ病、うつ、うつ状態の違い

適応障害の場合、明確なストレスがあり、その結果として気持ちが落ち込んだり、イライラしたり、不眠などに至る病気です。
適応障害で気持ちが落ち込んでいる場合に、主治医から「うつ状態」もしくは「抑うつ状態」という診断書が発行される場合があります。
理由は主治医が患者さんに配慮して、「適応障害」という病名を会社に伝えることを回避する場合と、病気かどうかを現時点では診断できないが、気持ちの落ち込みが明らかな場合です。

うつ病でも抑うつ気分や憂うつ感は一般的な症状であり、「うつ状態」の診断書は「うつ病」の可能性もあります。
自動販売機でジュースを買い、おつりを取り忘れた際には、気持ちが落ち込みます。しかし、日常生活に支障が出る程の症状とはいえないことが一般的であり、この場合は「うつ状態」ではありますが、病気ではありません。
「うつ状態」、「抑うつ状態」は状態を示しているだけであり、この言葉だけでは病気かどうかや、どんな病気かも分かりません。

「うつ状態」は「適応障害」、「うつ病」、「病気では無い」などの可能性があります。「適応障害」は「うつ状態」であることが多いですがが、「うつ状態」が無い「適応障害」もあります。

職場での受け入れの際に配慮すること

職場環境が原因の場合、その原因に対処することで、概ね支障なく働くことができます。

ストレス因が職場にある場合

職場の環境調整を行い、早期に解決する必要があります。
本人と繰り返し面談を行い、人間関係なのか、業務そのものなのかを切り分けて対処して下さい。
この際に、面談内容をどの範囲で共有するか(どの上司に、どこまで伝えるかなど)を明確化して下さい。
個人情報の保護が担保されないと、本人からきちんと聞き取れません。

人間関係が原因の場合、ハラスメントが背景にある場合が多いです。
ハラスメントは職場にとって有害なものであり、早期に毅然と対応をして下さい。上司が本人より年齢が低い場合でもハラスメントは生じます。
人事異動先の同僚と馴染めないといったことも原因としてよく認められます。

職場環境が問題の場合、業務量、業務の質、配置転換などの配慮を行って下さい。
特に、業務量がいきなり多くなった、今までに担当したことが無い業務を担うようになった、管理職に出世したが管理業務に慣れないという理由で不調になることが目立ちます。繁忙期や人事異動時にはメンタル不調のリスクがあると認識し、事前に配慮を行うべきです。

ストレス因が職場外にある場合

会社から職場外のストレス因に対して積極的に働きかけを行うことはできません。明らかに職場には問題が無く、今までよりも体調が悪そうな場合には「最近、プライベートで何かあったの?」と軽く聞いてみる程度であれば問題はありません。本人が話したくない場合には無理矢理、しつこく話を聞くことは不適切です。

体調が悪い場合は休ませたり、通院して主治医に相談するように伝えて下さい。
通院の時間の確保、定期薬の服用も必要です。
適応障害はストレスが原因ですから、ストレスの除去が何よりも大切です。