衛生管理の知識

不調者に通院を勧める際の基準

数多くの労働者と面談を行ってきました。不調者に対して通院を勧める場合と、通院を勧めない場合があります。
身体的な問題でも、メンタル面の問題でも同じような基準で考えます。
産業医がどのように判断をしているかを記述します。

どのような場合に通院を勧めるか、勧めないか

体調不良のため仕事や家事といった日常生活に支障を及ぼしている場合は通院を勧めます。
体調不良の原因が明らかに職場環境である場合は通院を勧めないことがあります。

通院を勧める基準

体調不良のため、下記のような状態が続く場合には通院を勧めます。症状が続いていることが大切で、1日だけ体調不良があっただけでは通院を勧めません。
  • 遅刻早退欠勤が増えた
  • 通勤電車に乗れない
  • 通勤電車で体調を崩す
  • 仕事が以前よりはかどらない
  • 仕事でミスが増えた
  • 仕事中に体調が悪くなる
  • 食事がとれず、体重が減った
  • よく寝られない
  • 感情の起伏が激しい
  • 家で掃除や料理ができなくなった
  • 趣味への関心が無くなった
  • 家でずっとぐったりしている・・・
気持ちに問題があっても、体に問題があっても、仕事やプライベートで以前よりも明らかに水準が低下している状態が続いていることが基準になります。
産業医として労働者と面談をしている際にも、外来で患者さまと面談をしている際にも同様の基準で考えています。

通院を勧めない場合の基準

体調不良の原因が明らかに職場環境であると考えられる場合には通院を勧めないことがあります。下記のような訴えが不調者からあった場合には職場環境が原因と考えます。
  • 過重労働がある
  • 業務量が非常に多い
  • 業務内容に慣れていない
  • ハラスメントがある・・・
職場環境が原因であっても、著しい不眠、不安などがあった場合には通院を勧めます。
職場環境に問題があると、医療的な介入を行っても職場環境が変わらない限り体調の改善は限定的です。メンタルクリニックを受診して精神科医による精神療法や薬の処方を受ければ、ある程度まで症状が回復するかもしれませんが、悪化する要因が職場にあった場合には職場に戻ると症状が悪化したり、症状が遷延します。

産業医として事業者に対してどのような意見を述べているか

産業医は不調者からの訴えに基づき、職場環境が原因と考えられる場合には、事業者に対して職場環境の調査、職場環境の調整といった意見を述べます。不調者の性格は多様であり、「しんどい」、「辛い」などの訴えを過度にする方が少なからずいらっしゃいます。本人の訴えを客観的に精査する能力が産業医には求められています。
不調者側の意見が事実かどうかが分からない場合は上司、同僚、人事労務担当者と面談をすることもあります。

産業医は不調者→通院とは考えていません。不調者であっても就業規則通りに勤務ができ、職責に応じた仕事を行え、仕事を通じて体調が悪化していなければ勤務の継続が望ましいという意見を記載しています。 上述の通り、職場環境が原因と考えられ、体調不良が著しく無い場合には通院を勧めずに、職場環境の改善を事業者に求めます。
まとめて休んでしまうと、復帰する際の心身の負荷(周囲へ迷惑を掛けてしまったのではという自責の念や、業務を再開する際の負担)が出ます。さらに休むことによる所得の減少により金銭的な悩みが増える傾向があります。体調がある程度安定していれば、勤務を続けたほうがメリットが大きいです。

産業医面談の例

身体の不調者との産業医面談の例

機械を使わずに段ボールを運ぶ作業をしている方から「腰痛」の訴えがあり、産業医面談を行いました。
重い荷物を終日搬送している職場環境であれば、腰痛は職場環境に起因するものと考えられます。
彼に整形外科や接骨院への通院を勧めても、一時的に痛みは良くなるかもしれませんが、職場環境が変らない限り腰痛は治りません。
産業医が事業者へ職場環境の調査、職場環境の調整(機械の導入、腰痛にならないための教区、作業ローテーション)などの意見を述べ、腰痛が生じにくい職場に変りました。
本人の腰痛の症状が軽度であり、職場環境が速やかに改善したため、本人は通院しませんでした。もちろん通院を希望している場合は本人の意思を尊重します。

メンタルヘルスの不調者との産業医面談の例

上司が本人に高圧的で、毎月100時間以上の時間外労働がある方から「仕事に集中できない」、「気力が出ない」との訴えがあり、産業医面談を行いました。
本人に通院だけを指示しても、上司の対応や時間外労働が減らない限り、仕事を通じてうつ状態が悪化することが予想されました。
産業医が事業者へ職場環境の調査(上司の対応など)、職場環境の調整(時間外労働の禁止など)について意見を述べ、病状が著しかったことからすみやかにメンタルクリニックを受診するように伝えました。
産業医が事業者へ職場環境の調査、職場環境の調整(上司の言動、時間外労働の必要性、同僚との業務の配分)などの意見を述べ、ハラスメントが無くなり、残業を前提としない職場に変りました。気力が戻り、家での生活に支障が無くなったことから、すみやかに職場復帰をしました。

本人のメンタルの状態が軽い場合(仕事外の日常生活に影響が少なかったり、仕事を従前とと変らずに行えているこ場合などは症状が軽い可能性が高い)、通院の指示を出さずに、職場環境の改善についてだけ意見をすることもあります。
産業医がメンタルヘルスの専門家の場合、産業医面談を通じて本人に対してアドバイスを実施することができます。本人がストレスを抱きやすい特徴を持つ場合(責任感が強い、些細なことを気にしやすい、こだわりが強い、家庭内に問題がある、身体疾患を持つなど)には、少しずつそれらを改善できるようにアドバイスをすることができます。

職場環境が全ての原因という事例は少ない

実際には体調不良の原因の全てが職場環境という事例は事例は少ないです。職場環境と本人がそれぞれどのくらいの割合で原因になっているかを評価できることが産業医の能力と考えています。
産業医は客観的かつ現実的で、冷静な判断をすることが求められています。