衛生管理の知識

有機溶剤の健康への影響と職場での対策

有機溶剤は他の物質を溶かす性質を持つ有機化合物の総称です。トルエンやガソリンといった有名な物質は色々な業界で用いられている有機溶剤です。
有機溶剤は人体に対して悪影響を及ぼすため各種法令で規制され、作業環境管理などを実施する必要があります。

有機溶剤の用途

製造業、印刷業、サービス業といった幅広い業種で利用されています。
当社のお客さまでは印刷のインク、半導体の洗浄、検体の検査、衣料品の製造、ゴム製品の接着などの業務で利用されています。

有機溶剤の健康への影響

有機溶剤は肺、消化管、皮膚、眼などから体内に吸収され、人体へ悪影響を及ぼすことがあります。
常温では液体です。揮発性が非常に高いため、常温でも気化して空気中に物質が広がり、広範囲に健康被害を及ぼします。有機溶剤の匂いがすれば、有機溶剤が気化し、空気中に漂っているということを意味します
参照:有機溶剤の問題点

有機溶剤の内、人体への影響が大きいと考えられている物質は、有機溶剤中毒予防規則(有機則)で規制されています。br /> 参照:有機溶剤中毒予防規則(有機則)

有機溶剤と関係する病気

慢性的に有機溶剤を用いると重篤な健康被害を起こすことがあります。ベンゼンは再生不良性貧血(白血病の一種)、メタノールは視力障害、二硫化炭素は精神症状、ノルマルヘキサンは神経障害が有名です。
多くの有機溶剤では急性症状を起こします。頭痛、めまい、意識消失、皮膚炎、肺炎などの症状が認められます。有機溶剤を利用する事業場で体調の変化があった場合には有機溶剤による急性中毒を疑います。

有機溶剤を利用する際の対策

原則は第1種、第2種有機溶剤を利用せずに、安全と考えられる代替物質に置き換えてください。
海外ではトルエンフリーの製品が利用されるようになっています。有機溶剤の製造・販売業者に問い合わせをすると、代替物質を提案してもらえる可能性があります。
有機則で規制される物質を利用する際には、最小限しか利用しないことが大切です。
発生源を密閉する、局所排気装置などで換気するといった作業環境管理での対応が必要です。
保護具(防護衣、防護メガネ、防毒マスク)は作業環境管理を実施した後に検討しますが、有機溶剤の種類に応じた適切なものを利用します。SDSにはそれぞれの有機溶剤が人体にどのような影響があるのかが記載されており、防護具を選ぶ際には必ずSDSを読む必要があります。。

利用量が許容消費量以下の場合にも、有機溶剤への対応は必要です。
参照:有機溶剤を少ししか利用していない事業場の対応

排気装置・換気装置

有機溶剤中毒予防規則(有機則)に該当する物質を利用する職場では換気が必要となります。
屋内作業場において有機溶剤業務に労働者を従事させるときは、その作業場所に有機溶剤の蒸気の発散源を密閉する設備、局所排気装置、プッシュプル型換気装置等を設けなければなりません。

局所排気装置は発生源の近くにフード、ダクト、ファンなどを設置し、有害物質が発生源から作業場に広がる前に吸引する換気装置のことです。

プッシュプル型換気装置は作業者の後方から送気し、作業者の前方及び発生源近くから排気する換気装置のことです。風の流れを作るため効率的に有害物を排気することができますが、設備が大規模になり、導入コストが高くなります。風下で作業をすると有害物質に暴露するため、風上で作業をする必要があります。

有機則で定められている換気装置

第1種有機溶剤
発散源の密封、局所排気装置、プッシュプル型換気装置のいずれか

第2種有機溶剤
発散源の密封、局所排気装置、プッシュプル型換気装置のいずれか

第3種有機溶剤をタンク等の内部で吹き付ける作業
発散源の密封、局所排気装置、プッシュプル型換気装置のいずれか

第3種有機溶剤をタンク等の内部で吹きつけ以外の作業
全体換気でも可

例えばトルエンを利用する事業場では、トルエンは第2種有機溶剤のため、発散源の密封、局所排気装置、プッシュプル型換気装置のいずれかを実施する必要があります。
排気装置・換気装置を設置した場合は、定期的な点検を行う必要があります。
参照:排気装置の定期自主点検

排気装置で対応する前に、有機則で規制される物質から安全な代替物質に変える、物質の使用量を減らすことを行って下さい。

呼吸保護具

マスク、ゴーグル、手袋といった有害な物質から体を保護する用具のことを保護具と言います。
呼吸保護具は防塵マスクや毒ガスマスクなどのことです。

有機溶剤は風邪をひいたときに用いる市販のマスク、結核などの空気感染からの感染を防ぐ目の細かいマスク(N95など)、石綿(アスベスト)などの粉じんを吸い込むことを防ぐ防じんマスクでは暴露を防ぐことはできません。
時々、トルエンなどの有機則で規制されている物質を扱う事業場で市販のマスクをして作業をしている労働者を見かけますが、これは好ましくありません。何となく有機溶剤の匂いが減るように感じますが、市販の不織布マスクを有機溶剤は通過するため、効果はありません。

有機溶剤用のマスクはいわゆる毒ガスマスクのような形をしています。
毒ガスマスクには缶(炭や繊維などが入っている)が入っており、そこで有害物質の除去を行います。

有機溶剤は皮膚や眼からも吸収されるため、保護手袋やゴーグルの着用が必要です。

有機則の呼吸保護具の注意事項

臨時・短時間の有機溶剤業務、発散面の広い有機溶剤業務等を行う場合で、局所排気装置等を置かない場合、送気マスクまたは有機ガス用防毒マスクを使用させなければなりません。
有機溶剤に合った防毒マスクの缶(色、物質名を確認する)を選び、本人の顔の形に合った防毒マスクを選定してマスクの縁から空気漏れが無いことを確認して下さい。
酸欠の可能性がある場所では必ず酸素を送れるマスク(送気マスクなど)を選んで下さい。

有機溶剤を利用する場合の健康診断

有機則で定められている有機溶剤を利用する場合には定期健康診断だけでなく、特殊健康診断を受ける必要があります。
雇い入れ時、配置替え時だけでなく、6ヶ月に1回の特殊健康診断を実施して下さい。
体調に変化がある場合にはすみやかに産業医に相談をして下さい。

有機則による特殊健康診断の健診項目

健診を受ける労働者が関わる有機溶剤の種類により、必須検査項目が定められています。
また、医師が必要と認めた場合に検査項目追加されます。

有機溶剤の種類

A:キシレン、スチレン、トルエン、1・1・1-トリクロルエタン、ノルマルヘキサン
B:N・N-ジメチルホルムアミド、トリクロルエチレン、テトラクロルエチレン
C:クロルベンゼン、オルトジクロルベンゼン、クロロホルム、四塩化炭素、1・4-ジオキサン、1・2-ジクロルエタン、1・2-ジクロルエチレン、1・1・2・2-テトラクロルエタン、クレゾール
D:エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル
E:二硫化炭素

必須検査項目

  • 業務の経歴の調査
  • 有機溶剤による健康障害の既往歴、自覚症状及び他覚症状、異常所見の有無の調査
  • 自覚症状または他覚症状の有無の検査
  • 尿中の有機溶剤の代謝物の量の検査→上のA、Bの物質のみ
  • 尿中の蛋白の有無の検査
  • 肝機能検査→上のB、Cの物質のみ
  • 貧血検査→上のDの物質のみ
  • 眼底検査→上のEの物質のみ

医師が必要と認めた場合に行う項目

  • 作業条件の検査
  • 貧血検査
  • 肝機能検査
  • 腎機能検査
  • 神経内科学的検査