労働安全衛生法では、事業者(会社)は、健康診断の結果に異常所見がある場合、医師からの意見を聴取する義務があります。この医師は産業医であり、健康診断を実施した医療機関の医師ではありません。
脳・心臓疾患を未然に防止するために、医師から得た就業措置の意見に基いて就業措置を行う必要があります。
健康診断の結果が悪くて就業措置になった場合、通院をして健康の状況を改善することが必要です。産業医と相談をし、健診の異常項目に応じて内科、婦人科、眼科などへの受診をします。
就業制限の緩和や変更の際には主治医や産業医の意見を参考にして下さい。繁忙期だから残業をそのまま継続しているということが時々あるようですが、心身への負荷がかかる労働を続けていると脳卒中や心筋梗塞という致命的な労働災害につながる可能性が高くなります。
また、産業医や保健師などによる保健指導を実施し、運動、食事、喫煙、飲酒などの生活習慣を見直すこともより良い健康のためには大切なことです。
適応障害は「環境(ストレス)に適応できずに体調になる不良」と考えると分かりやすいです。職場環境、習い事、人間関係という明確なストレスがあり、うまく適応できないことで一時的に気持ちの落ち込み、不安などが生じる病気です。
「人事異動後に仕事に慣れずに気持ちが落ち込んで、思うように仕事がはかどらない。家では比較的元気にすごせている」、「お客さまから叱責され、そのことが不安で会社に行けなくなった」などが適応障害の一例です。
明確なストレスがあるということが特徴です。原因となるストレスから離れたり、ストレスが解消すると病状は速やかに回復します。
適応障害は比較的多い疾患です
適応障害の有病率について様々な研究がありますが、人口の約2〜8%と言われています。企業でメンタルヘルス関連の診断書を拝見していると、10〜20%の病名が適応障害です。私はメンタルクリニックの外来でたくさんの診断書を発行していますが、同様に10〜20%の割合で病名に適応障害と記載しています。
実際にはメンタルヘルスの外来に受診しない方や、産業医に相談せずに退社をする方が多いため、これらの数字より多く方が適応障害だった(である)と考えられます。
職場のメンタルヘルスで一番話題になる病名は「うつ病」ですが、実際には「うつ病」よりも「適応障害」が多く、うつ病とは原因や症状の経過などに大きな違いがあります。
参照:うつ病と適応障害の違い
適応障害の特徴
やや女性よりも男性に多いことが知られていますが、メンタルヘルスに長年携わってると男女差があるようには感じません。
職業、役職に関係無く、新卒の会社員、課長に昇進したばかりの管理職、商売が順調な自営業の経営者、主婦など、誰もが発症をする可能性があります。
うつ病と同様に、好発年齢が生産年齢と一致しているため、産業医の現場では一般的な疾患です。
適応障害の診断
以下の基準で適応障害と診断します。「明確なストレスの後に何らかの症状が出現。ストレスが無くなれば軽快」と考えて下さい。
産業医の現場では、このストレスは職場環境であることが多く、具体的には過重労働、ハラスメントを含む対人関係、昇進を含む人事異動が多いです。
職場環境が原因の場合、休職して体調が良くなったとしても、以前と環境が変らない職場に戻った場合には再発する確率が非常に高いです。このような状況で抗うつ薬や抗不安薬などの利用をしたり、認知行動療法などで治療を行っても治療効果は限定的です。
職場復帰にあたっては職場環境の調整を実施する必要があります。メンタルヘルスを専門とする産業医の意見を聞いた上で、本人の体調の評価、職場環境の調整を行って下さい。
適応障害の診断基準
- はっきりとしたストレスが原因
- ストレスを受けてから1~3ヶ月以内に発症
- 憂うつな気持ち、不安といった症状が出現するが多様性がある
- 原因が無くなった後、すみやかに症状が軽快する
- 家では比較的元気な場合でも、会社に行けないなど、日常生活に支障を及ぼしている
- うつ病やPTSD(死の恐れなどの極度のストレスが原因)など診断基準を満たさない
他のメンタルヘルスの病気を診断する際も同様ですが、メンタルヘルスの専門家は言葉だけで診断をすることはありません。表情、言動、生活の状況を評価した上で、病気かどうかを判断します。
適応障害とPTSDの原因の違い
適応障害もPTSDも、共に明確なストレスが原因で発症しますが、原因となるストレスが適応障害よりPTSDのほうが強いことが特徴です。
適応障害のストレス
生死に関係するような極度のストレスがあった場合は適応障害とは診断せず、PTSDと診断します。
職場の人事異動、上司からの叱責、友達との関係の悪化といった、主観的にとてもつらく、耐えがたいことが原因となります。
些細な個人的な出来事だけでなく、地震や洪水などの災害といったことまで様々です。
人によってストレスと感じることが、他人にはストレスとは感じられなかったり、個人のストレスに対する脆弱性も関係しています。
PTSDのストレス
生死に関係するような極度のストレスが原因となります。
戦場で戦友が無くなった、交通事故で本人以外の全員が危篤状態になった、勤務中に工場が火災にあったなどの生きるか死ぬかに関係するくらいの極めて強いストレスのみが該当します。
うつ状態(抑うつ状態)と適応障害の違い
「うつ状態」は「抑うつ状態」と同じ意味で、気持ちが落ちこんでいる状態、憂うつな状態を意味します。また、「うつ状態」と「うつ病」とは意味が違います。
参照:抑うつ状態 / うつ病、うつ、うつ状態の違い
適応障害の場合、明確なストレスがあり、その結果として気持ちが落ち込んだり、イライラしたり、不眠などに至る病気です。
適応障害で気持ちが落ち込んでいる場合に、主治医から「うつ状態」もしくは「抑うつ状態」という診断書が発行される場合があります。
理由は主治医が患者さんに配慮して、「適応障害」という病名を会社に伝えることを回避する場合と、病気かどうかを現時点では診断できないが、気持ちの落ち込みが明らかな場合です。
うつ病でも抑うつ気分や憂うつ感は一般的な症状であり、「うつ状態」の診断書は「うつ病」の可能性もあります。
自動販売機でジュースを買い、おつりを取り忘れた際には、気持ちが落ち込みます。しかし、日常生活に支障が出る程の症状とはいえないことが一般的であり、この場合は「うつ状態」ではありますが、病気ではありません。
「うつ状態」、「抑うつ状態」は状態を示しているだけであり、この言葉だけでは病気かどうかや、どんな病気かも分かりません。
「うつ状態」は「適応障害」、「うつ病」、「病気では無い」などの可能性があります。「適応障害」は「うつ状態」であることが多いですがが、「うつ状態」が無い「適応障害」もあります。
職場での受け入れの際に配慮すること
職場環境が原因の場合、その原因に対処することで、概ね支障なく働くことができます。
ストレス因が職場にある場合
職場の環境調整を行い、早期に解決する必要があります。
本人と繰り返し面談を行い、人間関係なのか、業務そのものなのかを切り分けて対処して下さい。
この際に、面談内容をどの範囲で共有するか(どの上司に、どこまで伝えるかなど)を明確化して下さい。
個人情報の保護が担保されないと、本人からきちんと聞き取れません。
人間関係が原因の場合、ハラスメントが背景にある場合が多いです。
ハラスメントは職場にとって有害なものであり、早期に毅然と対応をして下さい。上司が本人より年齢が低い場合でもハラスメントは生じます。
人事異動先の同僚と馴染めないといったことも原因としてよく認められます。
職場環境が問題の場合、業務量、業務の質、配置転換などの配慮を行って下さい。
特に、業務量がいきなり多くなった、今までに担当したことが無い業務を担うようになった、管理職に出世したが管理業務に慣れないという理由で不調になることが目立ちます。繁忙期や人事異動時にはメンタル不調のリスクがあると認識し、事前に配慮を行うべきです。
ストレス因が職場外にある場合
会社から職場外のストレス因に対して積極的に働きかけを行うことはできません。明らかに職場には問題が無く、今までよりも体調が悪そうな場合には「最近、プライベートで何かあったの?」と軽く聞いてみる程度であれば問題はありません。本人が話したくない場合には無理矢理、しつこく話を聞くことは不適切です。
体調が悪い場合は休ませたり、通院して主治医に相談するように伝えて下さい。
通院の時間の確保、定期薬の服用も必要です。
適応障害はストレスが原因ですから、ストレスの除去が何よりも大切です。
うつ病と似た病気に気分変調症(持続性抑うつ障害)があります。
ICD-10という世界保健機関が作成した診断基準ではうつ病と同じ気分障害のカテゴリーに含まれています。
産業医として不調者の診断書を拝見していると、「気分変調症」という診断名を見ることはほとんどありませんが、メンタルクリニックで外来をしていると、少なくとも10%以上が「気分変調症」のように感じます。
会社に出される診断書の病名ではうつ病、適応障害、抑うつ状態と記載されていることが多いようです。
気分変調症の特徴
うつ病などの他の診断基準を満たさず、気持ちの落ち込みが1日中あり、それが年単位で続く疾患です。
パーソナリティ障害、自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群、発達障害)、アルコール依存症などに合併することもあります。
- うつ病などの診断基準を満たさない
- 憂うつな気分、意欲の低下といった、うつ病に認められる症状が認められる
- 軽快する期間もあるが、ほとんどの期間で症状を認める
- 年単位で症状が持続する
- 日常生活に支障を及ぼしている
気分変調症は、気持ちの落ち込み、意欲の低下などが長期間持続していると考えれば分かりやすいです。
復帰の判定時には本人の精神状態を精神科・心療内科の専門医によって評価することが望ましいです。
厚生労働省が5年に1回、労働災害防止計画を作ります。
第13次労働災害防災計画(13次防という)は2018年4月からの防災計画で、今後5年間で国や事業者(会社)が取り組むべきことが記載されています。
13次防が監督署の指導の基準となる
厚生労働省を頂点に、各都道府県の労働局、各地域の労働基準監督署というピラミッド構造で労働安全・衛生に関する行政業務が行われています。
厚生労働省が定めた防災計画に基づき、労働局、労働基準監督署は計画の内容を具体化し、数値目標や指導内容を定めます。この内容に基づいて労働基準監督署が各事業場を臨検・指導します。
第13次防災計画に記載されている目標
主な項目は次の通りです。
- 死亡者数と死傷者数を減らす
- 建設業、製造業及び林業は死亡者数を減らす
- 陸上貨物運送事業、小売業、社会福祉施設及び飲食店は死傷者数を減らす
- 事業場外に仕事上の不安などを相談できるようにする
- メンタルヘルス対策に取り組む
- ストレスチェック結果を集団分析して活用する
- 化学物質のラベル表示とSDSの交付を行う
- 第三次産業及び陸上貨物運送事業の腰痛による死傷者数を減らす
- 職場での熱中症による死亡者数を減らす
当社では13次防に基づいてお客さまに情報を提供しています
当社では衛生委員会などを通じて最新の情報をお客さまに提供し、健康、労働安全、労働衛生に関する問題に対してサポートしています。
労働基準監督署が臨検する際は13次防の内容を中心に実施されるため、試験対策(臨検対策)としても13次防の内容を事前に取り組むことをお勧めします。
健康診断における血圧、血糖、脂質などの有所見率は労働者の半数を超え、年々増加しています。
定期健康診断と義務
定期健康診断は労働安全衛生法第66条第1項の規定に基づき、事業者が一定の検査項目について、労働者を対象として毎年定期的に行う健康診断のことです。
事業者は定期健康診断を実施する義務があり、労働者は定期健康診断の受検する義務があります。定期健康診断の受検率はどの企業でも100%を目指すべきです。
定期健康診断の有所見者
定期健康診断の検査項目で所見のあった者(異常の所見のあった者)を有所見者と言います。
定期健康診断を受診した労働者のうち、有所見者の占める割合を有所見率と言います。
定期健康診断有所見率の推移
全国平均では平成15年47.3%、平成25年53.0%、平成26年53.2%、平成27年53.6%、平成28年53.8%、平成29年54.1%と右肩上がりです。
有所見率が増加している理由は、今まで定期健康診断を実施していなかった企業が実施するようになったこと(受検していなかった企業のほうが労働環境や健康管理上の問題点を多く抱えていると考えられる)、我が国の高齢化と共に企業内で働く労働者も高齢化していること、シフト制などの労働形態の多様化などです

第13次防災計画より
有所見率が高いと、どういう問題が生じるか
生活習慣病は三大疾患(癌、心疾患、脳卒中)の原因となることが知られています。有所見者は脳・心臓疾患のリスクが高くなります。労働負荷の増加により、これらのリスクが更に高まります。
糖尿病の人は血糖が正常な人と比較して男性で2倍以上、女性では3倍以上生じる可能性が高いという研究があります。同様に高血圧症、脂質異常症を減らすことも、脳卒中や心筋梗塞などを防ぐ上で大切となります。
企業内では業務に応じて、時間外労働、夜勤、重量物の搬送などが発生し、これらは時に労働者の心身へ悪影響となります。健康診断の有所見者はこれらの労働負荷の増加によって脳卒中や心筋梗塞のリスクが高まります。
故に、労働災害を防ぐために、有所見者に対しては、会社が本人の体調を理解し、産業医の意見を聞いた上で、就業制限、職場環境の調整などを行うことが求められています。
法律に基づいて、労働者に健康診断を受けさせ、産業医による健康診断結果の確認と事後措置を実施することが大切です。