過労死ラインは何時間?11月は過労死等防止啓発月間
過労死は業務における過重な負荷による脳・心臓疾患を原因とする死亡のことです。過労自殺は業務における強い心理的な負荷による精神障害による死亡のことです。過労死と過労自殺をあわせて過労死等もしくは過労死(広義の意味)といいます。
過労死ライン(過労死につながる時間外労働)の基準は決められていません。専門家の主観で法定外時間外労働45時間、80時間、100時などと決められています。産業医としては法令遵守や健康管理の点で過労死ラインは限度時間(月45時間や年360時間)、過労自殺ラインは月80時間が望ましいと考えています。
毎年11月は「過労死等防止啓発月間」のため、この月の衛生委員会で過労死について審議をすることを推奨しています。産業医の支援を得て、過労死を防ぐために長時間労働の削減、過重労働による健康障害の防止、働き方の見直し、職場におけるメンタルヘルス対策の推進、職場のハラスメントの予防・解決、相談体制の整備などを行うことが大切です。
過労死、過労自殺、過労死等
労働時間が長くなると心身の不調につながり、過重労働は労働災害の原因の主因です。過労死は業務における過重な負荷による脳・心臓疾患を原因とする死亡のことです。過労自殺は業務における強い心理的な負荷による精神障害による死亡のことです。過労死と過労自殺をあわせて過労等等もしくは過労死(広義)といいます。
産業医等の専門家でも「過労死」という言葉をきちんと適当に用いている場合があります。新聞やテレビで専門家が「過労死」という言葉を頻用していますが、脳卒中や心筋梗塞などの身体面の病気だけを意味しているのか、身体面の病気に加えうつ病や適応障害などの精神障害を含めているのかを注意深く判断する必要があります。下述の通り、脳・心臓疾患と精神障害の労災認定基準が異なるため、私は過労死を狭義の意味で用いています。
過労死ラインの時間外労働は定まっていない。月45時間?80時間?100時間?
そもそもこの「過労死ライン」の「過労死」は過労死、過労自殺、過労死等のどの意味かを考慮せずに産業医やメディアが用いています。最近のニュースをGoogleで検索すると、2023年10月30日テレビ新広島では「いわゆる過労死ラインに匹敵する1週あたりの勤務時間が60時間(法定労働時間は週40時間であり、月80時間から100時間を指すと思われる。梶本産業医追記)」、2023年11月5日山陰中央新報では「松江市で過労死ラインとされる月100時間超え」と報道されています。
過労死と労働時間について
基発第0317008号には「時間外・休日労働時間が月45時間を超えて長くなるほど、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強まるとの医学的知見が得られている」「月45時間を超えて時間外労働を行わせることが可能である場合であっても、事業者は、実際の時間外労働を月45時間以下とするよう努める」と書かれています。脳・心臓疾患による労災の認定基準では「発症前1-6か月平均で月45時間以内の時間外労働は、発症との関連性は低い」「発症1か月間に100時間又は2-6か月間平均で月80時間を超える時間外労働は、発症との関連性は強い」と書かれています。厚生労働省は月45時間を超過すれば脳・心臓疾患が生じる可能性が高くなると考えています。脳・心臓疾患、例えば脳梗塞、心筋梗塞は致死的な結果を起こすことは周知の事実であり、過労死に至る可能性が比較的高いです。これらから過労死ラインは45時間とすることが望ましいです。
過労自殺と労働時間について
安全衛生規則第52条の2には「法定外労働時間80時間超の希望者は産業医面談を実施」という旨が書かれており、厚生労働省は月80時間を超過すれば精神障害が生じる可能性が高くなると考えています。労災の認定基準は月160時間以上、2か月連続で平均120時間以上、3か月連続で平均100時間以上などの基準があります。これらから過労自殺ラインは80時間とすることが望ましいです。精神障害は時間外労働が少なくてもハラスメントなどにより発症することがあります。しかしながら、時間外労働が80時間を超えると睡眠時間を十分に確保できなくなります。多くの精神障害では初発症状は不眠です。時間外労働により物理的な睡眠時間が確保できなくなり、精神的な不調だけでなく疲労の蓄積につながることから、過労自殺ラインを過労死ラインと同様の45時間としてもいいかもしれません。
多くの企業では過労死と過労自殺を防ぐために月80時間超や月100時間超を過労死ライン(広義の過労死)として認識していると思います。労働者の健康管理、労災予防、36協定遵守のために、労基法上の限度時間である月45時間を過労死ラインと認識し、月45時間を超えない労務管理が望ましいと考えます。
脳・心臓疾患でも精神障害の労災認定基準は似てる?
産業医の現場では体の病気でもこころの病気でも長時間労働が原因が多いです。もちろん労働時間以外にも夜勤、出張などの労働環境も原因の一つです。ハラスメントも原因の一つで、特に精神障害による労災の原因の多くはハラスメントと長時間労働です。
労災の認定基準は脳・心臓疾患でも精神障害で異なります。時間外労働については前者は原則として月45時間超、後者は月160時間以上(2か月連続で平均120時間以上、3か月連続で平均100時間以上などの基準もあり)となっており、精神障害のほうが時間外労働の点では労災認定のハードルが高いです。前者は時間外労働に加えて、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交代制勤務・深夜勤務、温度環境、騒音、時差、精神緊張を伴う業務がある場合認定されやすくなります(以前は月45時間超が原則でしたが、この時間以下でも認められるようになっています)。後者はハラスメントによる認定が多く、パワハラを受けた、上司とのトラブルがあった、(ひどい)嫌がらせ・いじめ又は暴行を受けた、同僚とのトラブルがあった、セクハラを受けた場合に認定されやすくなります。
毎年11月は「過労死等防止啓発月間」のため、この月の衛生委員会で過労死について審議をすることを推奨しています。長時間労働の削減、過重労働による健康障害の防止、働き方の見直し、メンタルヘルス対策の推進、ハラスメント対策などを行うことが大切です。
長時間労働の削減をするために当たり前ですが労働者自身、直属の管理監督者、人事担当が労働者の労働時間を正確に、リアルタイムで把握することが一番大切です。原則として時間外労働が生じないような企業運営が望ましいですが、時間外労働が生じる際には36協定を遵守してください。限度時間である法定外労働時間を月45時間以下・年360時間以下を厳守してください。45時間を超過する場合は事前に労働者代表に通知をした上で、45時間に近づけるための方策を策定した上で、方策を実施した結果どうなったかをエビデンスとして残して下さい。絶対に月100時間(複数月平均で80時間)を超過せず、月80時間超過した場合は労働者の希望に応じて産業医面談を実施してください(長時間労働に関する労基の臨検が多く、面談だけでも当社にご依頼ください)。
働き方の見直しの例として計画的な年次有給休暇の取得(少なくとも年5日以上を取得させる義務あり)、勤務間インターバル制度(2019年から努力義務)などを検討してください。メンタルヘルス対策としてストレスチェックを労働者数50名未満の事業場でも実施したり、産業医や人事担当といった直属の上司以外と気軽に面談できるような制度を設けたり、精神科医などの専門家によるセルフケアやラインケアの講演会の実施などを行ってください。
職場のハラスメント対策は2022年4月から義務となっています。就業規則への明記や規定の作成、ハラスメント相談窓口の設置、ハラスメント対策委員の選任、産業医などの専門家による教育などを実施してください。被害者だけでなく全ての労働者がハラスメントに気づいたら相談窓口へ連絡できるような雰囲気作りをしてください。