衛生管理の知識

持ち運びができる重量には制限があります

梶本隆夫産業医がNHKの取材を受けました。こちらからご覧ください。

職場で持ち運べる荷物の重量には制限があります。産業医の立場で、男性は体重の40%以下かつ25kg未満、女性は体重の24%以下かつ20kg未満を推奨しています。

全ての職場で段ボール、書類などの重たい物を運ぶ機会があり、その際に腰痛による労災が発生する可能性があります。4日以上の業務上疾病において、腰痛が占める割合は約6割です。2022年(令和4年)の統計では全体9,506件(コロナを除く)に対して、腰痛は5,959件です。当社の一部のお客さまでは作業環境管理に加えて、作業管理としてCYBERDYNE社の支援ロボットを用いて、腰にかかる負荷の軽減を行っています。

平成25年6月18日基発0618第1号「職場における腰痛予防対策の推進について」により、腰痛健康診断の実施が勧奨されています。重量物取り扱い作業など腰部に著しい負担がかかる業務を対象とする健康診断の具体的な対象者は定められていません。重量物は何キロ以上、何時間以上の継続・断続作業、週に何日勤務などを法令や通達で定められていないことから、腰痛健診を実施する事業者は非常に少ないです(2022年(令和4年)で受診労働者数59,679人、有所見者数11,786人)。

業務上疾病の圧倒的一位は腰痛

4日以上の業務上疾病の約6割が腰痛です。次に多い疾病は熱中症です。長年、腰痛、熱中症という順位は変わっておらず、現在の腰痛発生件数は以前と統計と同様で、非常に多い状態が続いています。
建設業、製造業、運送業は重量物を運ぶ機会が多い業種です。しかし、腰痛はこれら以外の業種で発生することが多いことが知られています。一般的な事務所や小売店でも段ボールなどの重量物を運ぶ機会があり、全ての事業場で腰痛とは無縁ではいられません。重量物を搬送する際には腰痛になる可能性が高いという認識を持つべきで、腰痛対策を全事業場で実施すべきです。
常態として重量物を運ぶ事業場ではマニュアルの作成、教育、健康診断などの実施が必要です。事務作業では座っている時間が多く、座位は立位より腰部への負荷が1.5倍かかるというデータがあります。一般的なオフィスでも腰痛に関する知識を持つ必要があります。

労働基準法(労基法)、年少者労働基準規則(年少則)での年少者の重量制限

労基法第62条第1項、年少則第7条の重量制限は次の通りで、これらは義務です。18歳未満の労働者がいる場合はこの制限を遵守して下さい。断続作業と継続作業の区別が困難な場合が少なからずあるため、産業医の立場では断続作業の数値を参考に制限をかけることが望ましいと考えます。16歳未満の労働者はいないことが多いため、18歳未満では、男性は20kg未満、女性は15kmg未満と理解して下さい。
  • 対象は18歳未満の男女
  • 満16歳未満の男性・・・断続作業の重量15kg未満、継続作業の重量10kg未満
  • 16歳以上満18歳未満の男性・・・断続作業の重量30kg未満、継続作業の重量20kg未満
  • 満16歳未満の女性・・・断続作業の重量12kg未満、継続作業の重量8kg未満
  • 16歳以上満18歳未満の女性・・・断続作業の重量25kg未満、継続作業の重量15kg未満

女性労働基準規則(女性則)での重量制限

女性則第2条第1項の重量制限は次の通りで、これは義務です。年少則より制限が緩く、18歳以上の女性が対象です。産業医の立場では断続作業の数値を参考に制限をかけることが望ましいと考えます。女性は20kg未満と理解して下さい。
  • 対象は18歳以上の女性
  • 断続作業の重量30kg未満
  • 継続作業の重量20kg未満
  • 機械を利用した作業は重量制限に当てはまらない
  • 18歳未満の場合、上記の年少則が適応される

職場における腰痛予防対策指針(平成25年6月18日基発0618第1号)での重量制限

通達による重量制限は次の通りで、これらは努力義務です。労働災害が生じた際に、この指針を守っていない場合は、事業者側が不利になるため、産業医の立場ではこの指針を義務化し、断続作業の数値を参考に制限をかけることをお勧めします。男性は体重の40%以下、女性は体重の24%以下と理解して下さい。
  • 男性・・・重量制限は体重のおおむね40%以下
  • 女性・・・重量制限は男性の制限の60%(一般に女性の持上げ能力は、男性の60%位のため)。妊娠中及び産後1年は禁止

職場における腰痛予防対策の推進について(平成6年9月6日基発第547号)での重量制限(職場における腰痛予防対策指針により廃止)

上記の指針により廃止となった通達ですが念のため記載します。通達による重量制限は次の通りです。これらは義務と努力義務が混在しています。
  • 男性・・・重量制限は55kg以下(義務)。体重のおおむね40%以下(努力義務)
  • 女性・・・重量制限は男性の制限の60%(努力義務)

断続作業と継続作業の違い

継続作業は重量物を一定時間、休憩なしで運ぶ場合、断続作業は重量物を1回もしくは連続で2、3回運ぶ場合(運んだ後に他の作業を行う場合)と考えてください。重さ、形、気温などによって人への負荷は異なるため、連続の作業時間、連続の何回という基準の設定は実情に合わないためです。

産業医の立場で取り扱う重量の推奨値

労働基準法、年少則、女性則、腰痛対策指針を鑑み、産業医の立場で、成人の男性は体重の40%以下かつ25kg未満、女性は体重の24%以下かつ20kg未満を推奨しています。
男性の制限を25kg未満とした理由は、人によって身長、体脂肪率、筋力、基礎疾患が異なるため、体重が重ければその分重たい荷物を運べるとは限らないことを前提にしています。日本人男性の平均体重は60kgであり、これの40%は約25kgであり、この数値を基準にすることが職場の腰痛対策として簡便で有用であると考えています。もちろん、人によっては腰痛にならずにこれ以上の重量の荷物を運ぶことができるため、産業医と相談の上、業務歴、体格などを鑑みて実情にあった運用が必要です。腰への負担を減らすため、休憩時間を確保したり、他の業務を組み合わせることが推奨されます。

重量制限の具体例

38歳、60kgの男性が運べる重量は?

成年の男性なので年少則、女性則に該当しません。
腰痛予防対策指針の重量制限は60kg×40%=24kgであり、24kgまで運べます。

25歳、55kgの女性が運べる重量は?

成年なので年少則に該当しません。
女性則の重量制限は断続作業30kg未満、継続作業20kg未満です。
腰痛予防対策指針の重量制限は55kg×40%×60%=13.2kg以下です。
女性則と腰痛予防指針を考慮し、値が小さい13.2kgまで運べます。

職場の腰痛対策で困っている場合には産業医へ相談を

腰痛対策は全ての業種、全ての事業場で必要です。産業医の意見を聞いた上で、作業環境管理、作業管理、健康管理、教育に分けて対策を実施します。

作業環境管理

労働安全衛生規則、事務所則に従って職場の温度、照明管理を行うことが腰痛予防につながります。

温度

寒冷ばく露は腰痛を悪化させ、又は発生させやすくするため、屋内作業場において作業を行わせる場合には、作業場内の温度を適切に保つ必要があります。冬季の屋外のように低温環境下で作業させざるを得ない場合には、保温のための衣服の着用や暖房設備の設置に配慮します。

照明

作業場所、通路、階段等で、足もとや周囲の安全が確認できるように適切な照度を保ちます。

作業床面

労働者の転倒、つまずきや滑りなどを防止するため、作業床面はできるだけ凹凸がなく、防滑性、弾力性、耐衝撃性及び耐へこみ性に優れたものとします。

作業空間や設備、荷の配置等

作業そのものや動作に支障をきたすような機器や設備の配置や整理整頓が不十分で雑然とした作業空間、狭い作業空間は、腰痛の発生や症状の悪化につながりやすいため、作業そのものや動作に支障がないよう十分に広い作業空間を確保し、作業姿勢、動作が不自然にならないよう、機器・設備、荷の配置、作業台や椅子の高さ等に配慮します。

振動

車両系建設機械の操作・運転等により腰部と全身に著しく粗大な振動、あるいは、車両運転等により腰部と全身に長時間振動を受ける場合、腰痛の発生が懸念されるため、座席の上にクッションを置く等をして振動ばく露の軽減対策をとります。

作業管理

自動化、省力化

腰部に負担のかかる重量物を取り扱う作業、人を抱え上げる作業、不自然な姿勢を伴う作業では、作業の全部又は一部を自動化することが望ましいです。それが困難な場合には、負担を減らす台車等の適切な補助機器や道具、介護・看護等においては福祉用具を導入するなどの省力化を行い、労働者の腰部への負担を軽減します。

作業姿勢、動作

労働者に対し、次の事項に留意させます。
  • 前屈、中腰、ひねり、後屈捻転等の不自然な姿勢を取らないようにします。適宜、前屈や中腰姿勢は膝を着いた姿勢に置き換え、ひねりや後屈捻転は体ごと向きを変え、正面を向いて作業することで不自然な姿勢を避けるように心がけます。また、作業時は、作業対象にできるだけ身体を近づけて作業します。
  • 不自然な姿勢を取らざるを得ない場合には、前屈やひねり等の程度をできるだけ小さくし、その頻度と時間を減らすようにします。また、適宜、台に寄りかかり、壁に手を着き、床に膝を着く等をして身体を支えます。
  • 作業台や椅子は適切な高さに調節します。具体的には、立位、椅座位に関わらず、作業台の高さは肘の曲げ角度がおよそ 90 度になる高さとします。また、椅子座面の高さは、足裏全体が着く高さとします。
  • 立位、椅座位等において、同一姿勢を長時間取らないようにします。具体的には、長時間の立位作業では、片足を乗せておくことのできる足台や立位のまま腰部を乗せておくことのできる座面の高い椅子等を利用し、長時間の座位作業では、適宜、立位姿勢を取るように心がけます。
  • 腰部に負担のかかる動作では、姿勢を整え、かつ、腰部の不意なひねり等の急激な動作を避けます。また、持ち上げる、引く、押す等の動作では、膝を軽く曲げ、呼吸を整え、下腹部に力を入れながら行います。
  • 転倒やすべり等の防止のために、足もとや周囲の安全を確認し、不安定な姿勢や動作は取らないようにします。また、大きな物や重い物を持っての移動距離は短くし、人力での階段昇降は避け、省力化を図ります。

作業の実施体制

  • 作業時間、作業量等の設定に際しては、作業に従事する労働者の数、作業内容、作業時間、取り扱う重量、自動化等の状況、補助機器や道具の有無等が適切に割り当てられているか検討します。
  • 腰部に過度の負担のかかる作業では、無理に1人で作業せず、初めから複数人で作業する。また、人員配置は、労働者個人の健康状態、特性、技能・経験等を考慮して行います。

作業標準(マニュアル)

  • 腰痛の発生要因を排除又は低減できるよう、作業動作、作業姿勢、作業手順、作業時間等について、作業標準を策定します。
  • 作業標準の見直し
  • 作業標準は、個々の労働者の健康状態・特性・技能レベル等を考慮して個別の作業内容に応じたものにしていく必要があり、定期的に確認し、また新しい機器、設備等を導入した場合にも、その都度見直します。

休憩・作業量、作業の組合せ等

  • 適宜、休憩時間を設け、その時間には姿勢を変えるようにします。作業時間中にも、小休止・休息が取れるようにします。また、横になって安静を保てるよう十分な広さを有し、適切な温度に調節できる休憩設備を設けます。
  • 不自然な姿勢を取らざるを得ない作業や反復作業等を行う場合には、他の作業と組み合わせる等により、当該作業ができるだけ連続しないようにします。
  • 夜勤、交代勤務及び不規則勤務にあっては、作業量が昼間時における同一作業の作業量を下回るよう配慮し、適宜、休憩や仮眠が取れるようにします。
  • 過労を引き起こすような長時間勤務は避けます。
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靴、服装等

  • 作業時の靴は、足に適合したものを使用します。腰部に著しい負担のかかる作業を行う場合には、ハイヒールやサンダルの着用を避けます。
  • 作業服は、重量物の取扱い動作や適切な姿勢の保持を妨げないよう、伸縮性、保温性、吸湿性のあるものとします。
  • 腰部保護ベルトは、個人により効果が異なるため、一律に使用するのではなく、個人毎に効果を確認してから使用の適否を判断します。
  • 健康管理

    健康診断

    平成25年6月18日基発0618第1号「職場における腰痛予防対策の推進について」により、腰痛健康診断の実施が勧奨されています。重量物取扱い作業、介護・看護作業等腰部に著しい負担のかかる作業に常時従事する労働者に対して、作業に配置する際及びその後6月以内ごとに1回、定期に健康診断を実施します。
    実際には重量物取り扱い作業など腰部に著しい負担がかかる業務を対象とする健康診断の具体的な対象者は定められていません。重量物は何キロ以上、何時間以上の継続・断続作業、週に何日勤務などを法令や通達で定められていないことから、腰痛健診を実施する事業者は非常に少ないです(2022年(令和4年)で受診労働者数59,679人、有所見者数11,786人)。

    産業医による事後措置

    産業医が腰痛の健康診断の結果を確認し、事業者に作業環境管理、作業管理、健康管理といった就業措置に関する意見を伝え、事業者は就労上必要な措置を講じます。
    労働安全衛生法に基づく、定期健康診断後の産業医による結果確認と事後措置と同様の流れです。

    腰痛予防体操

    重量物取扱い作業、介護・看護作業等の腰部に著しい負担のかかる作業に常時従事する労働者に対し、適宜、筋疲労回復、柔軟性、リラクセーションを高めることを目的として、腰痛予防体操を実施させます。体操を行う時期は作業開始前、作業中、作業終了後とします。

    職場復帰時の措置

    腰痛は腰痛自体の再発リスクが高く、心理的な不安からメンタルヘルスの問題が生じやすいため、休業者等が職場に復帰する際には、事業者は産業医と主治医の意見を十分に尊重し、腰痛の発生に関与する重量物取扱い等の作業方法、作業時間等について就労上必要な措置を講じ、休業者等が復帰時に抱く不安を十分に解消します。

    労働衛生教育

    重量物取扱い作業、同一姿勢での長時間作業、不自然な姿勢を伴う作業、介護・看護作業、車両運転作業等に従事する労働者については、当該作業に配置する際及びその後必要に応じ、腰痛予防のための労働衛生教育を実施します。
    実際に働いている労働者から意見を聞き、それを教育材料に含めることで、腰痛予防対策が速やかに進みます。


    当社は物流センター、土木建築業、製造業などの腰痛発生リスクが高いお客さまからの業務を請け負っています。職場での腰痛対策について、お気軽にお問い合わせ下さい。


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