介護施設での腰痛対策
介護現場は「人」を扱うため、労働者にとっては重量物を抱えることにより腰への負担が大きくなります。
利用者を運ぶ際に粗雑に扱うことは許されず、常に気が張った状態で仕事をする必要があります。夜勤があったり、労働者が不足していることから、メンタル面への負荷もかかります。
平成25年6月18日基発0618第1号「職場における腰痛予防対策の推進について」により、腰痛健康診断の実施が勧奨されています。重量物取り扱い作業など腰部に著しい負担がかかる業務を対象とする健康診断の具体的な対象者は定められていません。重量物は何キロ以上、何時間以上の継続・断続作業、週に何日勤務などを法令や通達で定められていないことから、腰痛健診を実施する事業者は非常に少ないです(2022年(令和4年)で受診労働者数59,679人、有所見者数11,786人)。
特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、介護付有料老人ホームからの業務を請け負っており、腰痛やメンタルヘルスについて支援をしています。
介護施設での腰痛の状況
腰痛の業種別発生割合では、全業種の中で保健衛生業(介護施設や病院など) が1番多くなっています。他の業種では腰痛の件数は減少傾向にありますが、保健衛生業では増加傾向です。介護現場では高齢者を運んだり、体位を変えます。利用者は非常に重たいため、必然的に腰痛のリスクが高まります。
腰痛の要因
動作要因
腰部に加わる過度な負荷や負担のことです。「利用者を頻繁に抱きかかえる」、「重量物を頻繁に持ち上げる」などの人の抱き上げや重量物の取り扱いに関すること、「腰を深く曲げる」「腰をひねったりすることが多い」、「急激な姿勢の変換」、「長時間同じ姿勢で仕事をする」などの作業動作や作業姿勢に関することがあげられます。
「安全な作業を行うためのマニュアルや教育が無い」、「急いでいるため、一人で作業することが多い」といったことも間接的に関与しています。
環境要因
振動や寒冷のばく露、暗い照明、不良な作業床面や作業空間、不適切な機器や設備の配置といった作業環境の問題です。「身体が長い間寒冷にさらされる」、「通路が狭く安全な作業が困難である」、「足もとの照明が暗くて、安全の確認がしづらい」、「部屋の床が滑りやすい」「ベッドや机などの配置が悪く、移動しづらい」などがあげられます。
個人的要因
年齢、性別、体格、筋力、腰椎椎間板ヘルニアなどの既往症といった個人属性にかかわることです。「自分より体格の大きな利用者を介護することが多い」、「常に慢性化した腰痛がある」、「腰が痛いときでも、ゆっくりと休むことができない」などがあげられます。
「ゆっくりと休憩できる設備がない」、「仮眠するベッドがないため、満足な睡眠が取れない」などの衛生施設の設置状況に関するものや、「夜間勤務が長い」、「夜勤回数が多い」などの勤務条件に関するもの、「職場にある機械・機器や設備がうまく使えない」といったことも間接的に関与しています。
実際には一つの要因ではなく複数が重なって腰痛が発生します。
腰痛対策のポイント
作業管理、作業環境管理、健康管理に分けて対策を行います。腰痛だけでなく、有機溶剤や粉じんといった有害物質についても同様に3つに分類して対応を行います。
作業管理
福祉機器や補助具などの機械を利用
利用者を一人で抱えないことを原則とし、複数人で抱えるか、機会を用いるかにします。腰痛予防に有効な福祉機器や補助具としては、リフト、スタンディングマシーン、持ち手付き補助ベルト、スライディングボード、スライディングシートなどがあります。
当社の一部のお客さまではCYBERDYNE社のロボットを導入し、腰痛対策を行っています。比較的高価ですが、労働者の満足度は高いようです。
作業姿勢と動作を見直す
利用者の身体能力を引き出したり安心感を確保することで、利用者が自然な動きを発揮できるようにします。これはコストがかからない方法であり、日頃から利用者と良好な人間関係を築くことが重要です。他には以下のように姿勢を保つことで腰痛が予防できます。これは介護職だけでなく、全ての業種で活用できます。私もこれらを心がけて水や本といった重たい物を運んでいます。
- 同一作業や姿勢が長く続かないよう、変化のある作業計画を立てる
- 動作時は腰椎の生理的な前弯を保つ
- 座位でも腰椎の生理的な前弯を保つ
- 利用者に体を近づけて作業する
- 作業面の高さを上げる
- 低い姿勢になる時は膝を曲げる
- 長時間座って作業することは避ける
- 起床後すぐに腰を曲げた姿勢で作業することはなるべく避ける
- 体をひねった状態での介助は避ける
マニュアルの作成、教育の実施
福祉機器や補助具の状況や、作業時間などを考慮してマニュアルを作成します。使いやすいように適宜内容を改定します。当該作業に配置する際だけでなく定期的にマニュアルを確認する機会を設けることが大切です。当社では健康診断の際にマニュアルの確認を改めて行うように依頼しています。
更衣室や休憩室に利用者の運び方についての写真が貼られている事業場があります。介護施設だけでなく小売店や製造業でも重量物の運び方についての写真が貼られていることがあり、腰痛対策の点で素晴らしいことだと思います。
休憩、小休止・休息、睡眠を十分に確保
疲労の蓄積を抑えるために、休憩、小休止・休息、睡眠といった体調を回復させる機会を確保することが重要です。職場内に休憩所を設け、休息がとれる時間を確保して下さい。腰に負担がかかる業務を1時間したら、次の1時間は事務作業をするといった作業のローテーションも有用です。
夜勤は心身への負担が強くなるため、より多くの休憩時間を設けて下さい。
作業環境管理
温度
不十分な暖房設備下での寒冷ばく露は、腰痛の悪化などをもたらす可能性があります。仮眠や休憩を取る部屋を含めて、施設内の温度を適切に保つようにします。多くの施設では利用者のために室温を上げていることが多く、身体的作業負担の強い介護職員には高温環境であることが問題となります。発汗で作業服が濡れた状態のままで過ごすことは体調管理の観点からは好ましくありません。適宜、 作業服が着替えられるような配慮も必要です。
18-28℃を目安に温度の調整をして下さい。湿度は40-70%が目安です。
照明
介護作業を行う場所や通路、階段などで、足下や周囲の安全が確認できないほど暗い環境は好ましくないため、適切な照明環境にします。 特に、夜間は職場全体が暗くなっているため、作業時には照明の利用を躊躇しないで下さい。 照明は300ルクスを目安に調整して下さい。作業床面
介護職員の転倒やつまずきなどを防止するために、作業床面はできるだけ凹凸がなく、防滑性、弾力性、耐衝撃性および耐へこみ性に優れていることが望ましいです。 特に風呂場での入浴作業時には床を乾燥させ、なるべくリフトなどの機械を利用し、一人で作業を行わないようにして下さい。作業空間や設備の配置
機器や設備のレイアウトや狭い作業空間なども腰痛の発生や症状の悪化に関連した要因になります。介護職員の動きや動作に支障のないように十分な広さを確保し、施設・設備の作業位置や配置など人間工学的にも配慮することが大切です。利用者のベッドサイドで作業をする際には、テレビ台、棚などを移動させ、広いスペースを作った後に作業を行って下さい。
健康管理
健康診断およびその結果に基づく事後措置
全ての健康診断について、実施後は産業医に結果を見せ、産業医による事後措置の意見をもらって下さい。産業医として色々な業種で健康診断の結果を確認していますが、介護施設での健康診断を確認する際には「自覚症状及び他覚症状の有無の検査」に注目をしています。「腰が痛い」といった症状がある労働者に対しては産業医面談や通院を勧めています。事業者に対しては上述の作業管理や作業環境管理などの意見を伝えています。
平成25年6月18日基発0618第1号「職場における腰痛予防対策の推進について」により、腰痛健康診断の実施が勧奨されています。重量物取り扱い作業など腰部に著しい負担がかかる業務を対象とする健康診断の具体的な対象者は定められていません。重量物は何キロ以上、何時間以上の継続・断続作業、週に何日勤務などを法令や通達で定められていないことから、腰痛健診を実施する事業者は非常に少ないです(2022年(令和4年)で受診労働者数59,679人、有所見者数11,786人)。
腰痛健康診断
腰痛予防指針では、重量物取り扱い作業、介護作業等腰部に著しい負担のかかる労働者に対しては、当該作業に配置する際と、6ヶ月以内に1回の健康診断が求められています。腰痛の健康診断の結果を産業医が確認し、労働者の健康を保持するため必要であると認められる場合は、作業方法の改善、作業時間の短縮など必要な措置を講じます。
作業前体操、腰痛予防体操の実施
腰痛予防指針では、重量物取り扱い作業、介護作業等腰部に著しい負担のかかる労働者に対しては、腰痛の予防を含めた健康確保の観点から体操の実施を求めています。勤務開始時に一斉に体操を行うことが一番簡単な実施方法です。
認知症や精神疾患の利用者への対応
介護施設の利用者は認知症(アルツハイマー型認知症、血管型認知症認知症、レビー小体型認知症)の方がメインです。高次脳機能障害、統合失調症、うつ病、精神遅滞、アルコール依存症の方が利用されている場合もあります。もちろん、病気では無い方もたくさん利用されています。
利用者が抱える病気が多様な点からも、産業医による医学的な知識を職場環境の改善に活用して下さい。産業医の協力を得て職場環境を整えることで、素晴らしいサービスを利用者に提供することができます。労働者にとっては労災が減り、働きやすい職場を作ることができるようになります。
例えばアルツハイマー型認知症の方は夕方に帰宅願望が強くなりますが、その際に本人の訴えを傾聴した上で職場を一緒に歩いて不安を減らすことで症状が治まることがあります。レビー小体型認知症の方は全身が動かしにくくなるため、転倒のリスクを減らすために段差を無くしたり、ムセを予防するために食事形態を変えるといった医師の知識を職場の環境改善に活かすことができます。
特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、介護付有料老人ホームからの業務を請け負っており、腰痛やメンタルヘルスについて支援をしています。ぜひご相談ください。
一部は「介護業務で働く人のための腰痛予防のポイントとエクササイズ」から引用しています。